喜びを喜ぶ
月曜日は「いだてん」の感想を書く、と決めているわけではないんですけれど
ああ、書いてしまう。
これは宮藤官九郎さんが「いきいきとした人」を描いているから
そして、演者さん、スタッフさんがそれを最大限に表現しているから。
なんて、わたしの文章であえて書かなくてもいいでしょう。
わたしはわたしの書くことを書く。
第23回でなにがあったかは、まああらすじをみてください。
(なんだかあっさりしているので、土曜日の再放送を見てください)
毎回、視聴された方がインターネット上に感想をたくさんアップされていますが
関東大震災が起こり、帰ってこないシマちゃんを探して浅草へ来た四三さんと増野さん。四三さんが昔馴染みの清さんを見つけ、喜び合います。
その後、清さんが増野さんに言ったセリフ
「悪いな。うん。喜びは喜びで思い切り声に出さねえと。明るいニュースが少ねえからよ」
が、たくさんの方の心に響いているようです。わたしもです。
予告でも使われていたセリフでしたが、こういう事情なのか、と。
これを清さんに言わせた宮藤さんの生き様(書き様)が現れているように思いました。
想像してみてください。
悲しい思いをしている人の前で喜ぶ
心に「罪悪感」が浮かぶ方も、多いのではないでしょうか。不謹慎、とか。
でもね、その感情で止まってしまうより
喜びは喜んで、そして、
悲しんでいる人、弱っている人に寄り添うことができれば、いいのではないでしょうか。
さらに
あなたの喜びが、生きている力が、誰かの力にきっとなる、とわたしは信じています。
(わたしのテソーミで「たのしみ線」と呼んでいる線に現れるかもです。いわゆる太陽線)
という考え方は、実は心理学でも言われていて
持たなくてもよい感情として「罪悪感」が挙げられており
わたしのコーチングでも罪悪感をとるワークを行ったりもします。
これはドラマには描かれていませんが
四三さんが、9月1日は加納先生と一緒に競技場を見に行くよ、と
シマちゃんに前もって伝えていれば、シマちゃんは浅草へは行かなかったかもしれませんよね。
(四三さんが当日になって伝えたため、シマちゃんは前から生徒さんと約束をしていたオペラ見物に浅草へ行ったのです)
ここでもし四三さんが「罪悪感」を持っていたとしたら。意味は・・・あるでしょうか。
ちょっと過激な意見かもしれませんが
四三さんが罪悪感を持って生きていくよりも
喜ぶことに喜び、弱っている人に寄り添う人生の方が、いいのではないかと思うのです。
そしてきっと四三さんは、そのように生きていくんだと思います。
他にもね、細かいところで「ああー!」と思うこと、
1本分の記事が書けそうなことがあるんですよー。
シマちゃん先生の「鍛えてますから」が、かっこよかったなー。