がむしゃらにやるトシじゃない?

もうがむしゃらにやるトシじゃないしな、と思わないまでも

なんとなく、全力を出さなくなってくることってありますよね。

これは、全力を出さなくてもできるようになった、ということの裏返しでもありますが

成長の停止であるとも言えます。

 

何かを知り、学んで、行動すると

それを「できる」自分に変化します。

知らない、知っていてもできない、意識するとできる、という段階を経て

無意識にできる自分に変化するのです。

 

その後、新しく学ばないと、次の変化は訪れません。

以前に書いた「種をまく」にも通じる話でしょうか。

種をまく

 

自分はまだ変化するぞ、そのための種を探すんだ、という意思は

誰でも、いつからでも持つことができます。

それを具体的に行うかどうか、それだけの差です。

 

日本相撲協会のYouTubeで公開された対談で

それがとてもよくわかる話がありました。

この動画の6分あたりです(よかったら全部見てくださいね)。

 

ベテランのお相撲さんになると、若手相手に必死にならなくなる。

たとえば、若手力士と相撲を取って、押し込まれたとしても粘らず、軽く土俵を割って

「なかなかいいぞ」とか声をかけて終わってしまう、そういう稽古になるそうです。

 

照れとか、プライドとか、(はい、これら思い込みね)、そういうものが顔を出すのでしょう。

加えて、

自分の稽古よりも、若手の観察(客観視)をしてしまう、

これは引退間際の関取のインタビューでよく見られる発言です。

 

こちらのコラムでもよく書いている

自分を変えたいなら「自分ごと」として考えましょう、自分は何ができるか、だけ考えましょう

これの真逆だということがわかりますよね。

 

元大関の琴奨菊関は、そうならない稽古相手である同期の3人での稽古を希望して

豊ノ島関と一緒に横綱 稀勢の里関との稽古を行なったそうです。

同期なら、がむしゃらになれる。同期なら、負けると悔しい。必死になる。

それが今の自分に必要だ、と思って計画したそうです。

 

動画でひとこと、

荒磯親方(元 稀勢の里関)が「結果に繋げられなくて申し訳なかった」とおっしゃいましたが

確かに、この稽古後の場所で横綱は引退しました。

でもこれは、きっと違う種を植えたことになると思うんです。

稀勢の里関は親方になった後、大関昇進直前の朝乃山はじめ

幕内上位陣との「ガチ稽古」が有名になっていますし、この動画でも話されている

今後の指導者のしての道に有益になっているでしょう。

 

というわけで、明日もこんなことを書いてきましょうかね。

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