人生グラフを書いてみた- my story- 3

なんでこんなことを書いているかというと

なぜわたしがコーチをやっているのかを、たくさんの人に知ってもらいたいからです。

大学職員だった頃、学生さんのビジネスプランコンテストの担当をしていました。

わたしはビジネスもなにもやったことがありませんでしたが

参加者にずーっと言っていたことが

「なぜ、あなた(たち)がこのプランを提案するのかが分かるようなプレゼンをしてみて」ということでした。

特に学生のコンテストでは、審査員が動機で納得しないと、ただの遊びに見られがちですからね。

ということを思い出したりもしていました。

 

そんな大学職員に別れを告げ

人生グラフを書いてみた- my story- 2

 

今日は、横浜にきましたよ編です。

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どうぞ

 

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無理くりなスケジュールで横浜へ来て新しい職場に行ってみたところ、なんとも空気が悪い。挨拶もろくすっぽしてもらえない。なんだこれ?と探っていくと、どうも他所から来たトップが「改革だ!」と旗をふっていた目玉事業をやる人、として、わたしがひとり放り込まれたようなのです。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、の、わたしは袈裟だったのです。ただ幸いにも、この頃はすでに「わたしできる」の人になっていますから、まずはひとりで仕事をしようとお客様と新しい取り組みをはじめ、外部にネットワークを作っていきました。そして、組織の中で誰が味方かを見極めて人を動かし、1年くらいかけて自分が動きやすい環境を作りました。ここでも数か月間は、黙っていると常に涙が出るとか、いきなりすとんと倒れるとか、吐き気止まらないとか、壁殴るとか、ありました(病院行ったほうがいいよね)。が、お客様と同僚に認めてもらえたのか、とってもとっても可愛がってもらって居場所を作ることができたのです。

横浜に来て2年で結婚。不便な海辺に引っ越します。なぜグラフが下がっているかというと、単純に通勤時間が長すぎて眠かったから(笑)。これも、「午前中はお客さんが来ない」という理由で出勤時間を遅くすることに成功して解決しました。

横浜での仕事はインキュベーションマネジャー(IM)。ベンチャー企業を集めた施設で、企業の成長のために存在する人です。いろんなタイプのIMがいると思いますが、わたしは今から思うと明らかにコーチング型でした。あなたの会社はどうなりたいのですか?そのための方法は?その方法を現実化するには?強みを客観視しましょうか、そういえば最近こんなことをした会社がありましたよ? こんな会社とコラボしない? こんなことにチャレンジしない? など、第三者の視点から提案とディスカッションができるということで、経営者の方にはとても喜んでいただけたようです。だって、自分で会社を作ったような方は、他人に「ああしろ、こうしろ」って言われたくないですもの。周りは利害関係者しかいませんしね。わたしはただ、自分が育ててもらった学校がしてくれたことをやっていただけですが、考える社長さんの発想を広げることができるコーチング型のIMは、なかなか珍しかったと思います。この時期は同時に、わたしが会社が利益を出すことの意味を知るステップでもありました。経営者は(リスクをとった分)幸せにならなくてはいけない、わたしは、こんな思いを持っています。

そんな喜ばれる立場でありながらも、契約はここでも1年更新。年が明けると憂鬱で憂鬱で。総務部長が面談のアポを入れてきて、次年度の契約の有無を伝えるために、わたしのオフィスへやってくるんですよ。本来、働く辞めるは自分で決めるべきことだと思っていますが、それが他人に委ねられているというのは、なんだか常に胸の下を締め付けられているような感じです。さらに、資格を持っていたり大企業での立派な経歴を持つ人が多いIM業界で、経験と行動と現場の評価だけのわたしは切りやすい、また、キャリアアップしづらいということに気づいてきました。そんな中、人生の流れを変えるために、80歳を超えても働けるように、なんとなく40歳くらいには独立したいなあと思うようになります。

案の定、経営が厳しくなったということで、わたしともうひとりのIMが雇い止めに。わたしは、自分の経歴でこの業界でやっていくには一度新規上場を経験しなければならないと思っており、ちょうど昔のお客様企業からオファーをいただいたことから上場志向のベンチャー企業に転職しました。

転職先の会社の社長のことはよく知っているし、ここを補えば事業が伸びるということにも気づいている。あとはやるだけだ!いい会社作るぞ!と張り切って入社してみたら、ここにも大きな穴がありました。詳細は伏せますが、会社の成長を阻害しているのでは?と思える役員とうまくいかず、4か月で退職することになります。ちなみに、入社から退職を決意するまでは2か月弱でした。なぜこんなに短時間で決断できたかというと、新しい軸を持っていたからです。自分の結婚式の時に、強く「わたしは幸せにならないといけないんだ」「わたしが幸せになることが、周りを喜ばせるんだ」「わたしは大事なんだ」と妙に具体的に気づいたのです。この会社はわたしを大切にしていないので、その日に退職を決めたのでした。たぶんこれからも、わたしは、わたしが粗末にされていると気づいたら、すぐにそこから離れると思います。付き合うわたしの時間がもったいないからです。

 

今日もありがとうございました。

続きはあした。

人生グラフを書いてみた- my story- 4

 

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